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SEASON FINAL ACT.34

 プロムの夜は最高だった。

 クレセント・タワーから飛び立ったわたしとWJは、そこから学校まで行き、草むらに身を隠しつつ、体育館の窓越しに中をのぞいた。すぐさまアーサーとキャシー(というよりも、ロルダー騎士とジュリエッタ姫)を発見できて、ジャケットのポケットから眼鏡を出してかけたWJは、口を手でおさえて笑いをこらえる。

 外へもれる音楽は、ボビー・ダーリンのスタンダードナンバー、ビヨンド・ザ・シーで、ジェニファーとダンスをするデイビッドも、ときおり笑みを浮かべるほど、体育館はロマンチックな雰囲気に包まれていた。

 ホランド先生もフロアの真ん中で、くるくると楽しそうに腰をくねらせて踊っていたし、そんな光景を眺めながら、わたしとWJは、こっそりキスをしたのだった。ただし、そのあと、片足立ちしていたわたしはうしろによろめいて、背中に手を添えて支えてくれていたWJとともに、草むらの中へダイブしてしまった、という間抜けな事実も、つけくわえておこう。

 そして、浮き足立つ(はずの)ホリディに突入! のはずだった。

「……奇妙なことに、成績優秀者が三人も混じっているね。きみたちは……大学受験に備えて、ではないのか。ああ、ジャズウィットくんはご家庭の事情だったかな? きみは学年末試験を受けられなかったから、まあ、仕方がないとして」

 月曜日。長い休暇のはじまりだというのに、校舎のエントランスに集められた生徒に、腑に落ちない顔のホランド先生が、リストをめくりながら肩をすくめる。カーデナルのサマースクールを受ける生徒は、もちろん、たくさんいる。受験のためとか、早く単位を取って卒業するためだとか、理由はそれぞれ、なのだけれども。

「……正直にいおう。提出された問題への回答が、なにひとつわからなかった。頭の中は市警とギャングと悪玉でいっぱいだった」

 わたしの背後に立っているアーサーが、げんなりした声音でささやく。

「……わかるわ。わたしもそう。シティの歴史についてよりも、パパとママの仲が戻ったことで、頭がいっぱいだったの」

 左隣のキャシーがいう。

「うわ! 本当? それって、すっごく嬉しいね!」

 わたしが叫べば、その場にいる生徒全員が、じろりとわたしを振り返った。う! キャシーはわたしの腕に手をからめて、ウインクする。もちろん、キャシーのウインクは、ちゃんとしたウインクだ。

「……サマースクールを受ければいいだけだろ。しかもおれには口実ができる。数日でもいいからイギリスに戻って来いと、父親にいわれていたから、試験に落ちてスクールに通うとなれば、一石二鳥」

 ふん、とアーサーの隣のデイビッドが、鼻息をもらした。まあ、わたしがこうなることはわかっていたのだ。なにしろ金曜日に、点数を落してしまった教科の教師に呼び出され、月曜日も登校するようにと、いいわたされていたのだから。でも、まさか、アーサーもデイビッドもキャシーもだなんて、思わなかった。

「今日はこれまで、だけれど、明日からスケジュールどおりに通うこと、いいね? それから、ご両親へも通達をするけれど、スクールの支払いについては、オフィスからも連絡があるだろうから、郵送物をチェックして。なにか問題があったら、わたしと事務員が相談にのるからね」

 ホランド先生が、今後のスケジュールのしるされた用紙を、生徒それぞれに配っていく。これで、わたしは松葉杖のまま、ホリディ中も学校へ通うはめになった。いや、はめになった、というのはおかしい。試験に落ちたのは、自分のせいなのだから……、あああ、ああああ。

 まあいい。どのみち怪我で、サマーキャンプになんて参加できないし、それに、受ける授業は別でも、スケジュールが合えばWJと一緒に通えるし!

 プリントを受け取ったところで、うしろのデイビッドがいった。

「今夜、カルロスがバカ騒ぎを予定してるから、遊びに来いよ。スネイク兄弟が、テレビでできるゲームを開発したとかいっていたし、スーザンが最新モードの下着を見せびらかしたいらしい。ああ、あとミス・ルルが、きみの髪型を気にしてた。切りたいってさ、ニコル」

 なるほど、わたしのヘアスタイルは永遠に、ミス・ルルが担当してくれることに、なってしまったらしい。彼女(本当は彼)の中で。

「……ちなみにそのバカ騒ぎに、まるで家に戻っていない、おれの父は参加しないんだよな?」とアーサー。

「するわけない」とデイビッド。

「よし、行こう」

「わたしも行くわ」

 プリントを眺めつつキャシーも答える。わたしは、右隣のWJと目を合わせて微笑み、デイビッドに参加の意思を伝えた。それからしばらく、ホランド先生の説明を聞いてから、用紙にある時間と教室を確認し、みんなと一緒に校舎を出たところで、アーサーがバッグに用紙を突っ込んだ。

「そういえば、ジョセフ・キンケイドってどうなったんだ?」

「手術は成功。退院して執筆をはじめてるって、カルロスがいってたな。タイトルも決まってるらしい。ミスター・マエストロの真実。パンサーに関すること以外の資料を山ほど渡してるし、ベストセラー間違いなしのネタで文句はないだろ。だけど、テリーがマエストロだったって、かなり衝撃だったみたいだ」

 デイビッドの返答に、わたしは納得する。それはそうだろう。自分とつながりのあった人物が、ミスター・マエストロ、だったのだ。そのうえずっと、気づくこともできなかったのだから。

「ニコル、いよいよ聴取の日だ。リックが迎えに来るから、一緒に市警に行くぞ。駐車場で待とう」

 そうだった。アーサーにいわれて、面倒くささのあまり、わたしがげんなりした時だ。校門の前に一台の、輝きまくった純白の車が停まったので、足を止めたキャシーが指をさす。

「……すっごい。あれって、あなたの車? デイビッド」

 同じく足を止めたデイビッドは、一歩しりぞく。

「……うわ、すげー真っ白。あんなど派手なリムジンを、昼間から乗りまわすわけないだろ」

 じゃあ、いったい誰の車なのだろうかと立ち止まり、凝視していたら、後部座席からひとりの女性が降りた。くわえたばこにサングラス、黒のワンピースは身体にフィットしたミニスカート。真っ赤なハイヒールに、口元も真っ赤で、この爽やかな初夏の快晴には似合わないタイプの、アリスさんと同年代と思われる、ブロンド美女だ。

 音をたてて車のドアを閉めると、ボブスタイルの髪を揺らしながら、腰に手をあてた恰好で、ハイヒールを鳴らしながら校門を……くぐって来ちゃった。しかも、デイビッドの前に立ちふさがると、ぐいっとサングラスを取り、横一列に並んでいるわたしたちに、ブラウンの鋭い眼差しを向けて口を開く。

「ニコル・ジェロームとかいう、ガキはどれ? あんたらのうちの誰かでしょう、目立ちまくりのデイビッド・キャシディ。やっと見つけたよ。あたしはね、パンサーなんか怖かないんだよ。よくもウチの弟を、ポリ野郎に売りやがったね」

 げ! ……お、おそろしい。とてつもなくおそろしいし、しかもポリ野郎に売られた弟って、誰? というか、わたしを捜しているのはどうして!? WJの腕をぎゅうっとつかんで、意味不明なことを訴える女性から視線をはずし、自分の気配を隠そうと必死になっていたら、いきなりアーサーがパチンと、指を弾いた。

「もしや、メリッサ・ヴィンセント? マノロ・ヴィンセントの、他界した兄のワイフ」

 アーサーに顔を近づけた美女は、煙を吐いて吸い殻を捨て、ヒールでつぶした。

「そうだよ、おりこうさん。だから教えな、ニコルってガキはどれだい!」

 ふう、とアーサーは息をつく。そして顔を上げると、なにもない空を指して「あ」と声を発するという、ものすごく古典的な行為で、美女の注意をそらした。顔をしかめた美女が振り返るやいなや、「逃げろ!」とデイビッドが叫んだので、とっさにキャシーはわたしから松葉杖を奪い取り、同じタイミングでWJがわたしを抱き上げ、いっきに校舎の中へと舞い戻るはめになる。というか、というか、どうして? どうしてこうなってしまうの、だろうか!

「えええ!? わたしのせいなの? マノロがポリ野郎に売られたのって、マノロがよろしくないからでしょう!?」

「普通の常識が通用しない集団のことを、ギャングと呼ぶんだ!」

 アーサーの発言はもっともすぎる。さすがに校舎の中まで、追いかけては来ないはずなので、ひとまず物理教室へ逃げ込んだ。窓から裏手の敷地へ出ようとした間際、デイビッドがいった。

「べつにきみのせいじゃないけど、今夜のバカ騒ぎが、新たな作戦会議場と化しそうだ」

「……サマースクールでも単位を落としそうだな。そしてめでたく落第か?」

 アーサーがいうと、キャシーが心配そうにつぶやく。

「あなたがまた、家に戻れなくなっちゃったら大変だわ! それともわたしの家に泊まる?」

 願ったりだ! そして朝まで女の子同士のおしゃべりに時間を費やして……って、楽しみにしている場合ではない! あああああ、もう、どうしてくれよう。

「……わたし、きっと一生、ギャングに追いかけられるのかも」

 のろのろと窓から出るわたしを、外にいるアーサーとデイビッドが降ろしてくれたけれども、教室に残るWJは周囲を見まわしてから、おもむろに眼鏡をはずし、服を脱ぎはじめて、リュックからパンサーのマスクを取り出す。服の下は、パンサーの黒いコスチュームだ。

「ぼくがあの車を惹きつけるよ。その間に、裏手の敷地内から遠まわりになるけど、駐車場のリックの車まで逃げて。デイビッド、顔を隠さなくちゃ」

 おっと! と、デイビッドは自分のバッグをまさぐる。中から出したのは……なぜか……配管工の帽子とサングラスだ。う!

「それ、その帽子って?」とわたし。

「今夜スネイク兄弟に返そうと思ってたんだよ。来い、ニコル。背負ってやる」

 ちょっと口元がにやけた、ように見えたのは、わたしの気のせい? ではないだろう。パンサーとなったWJが、窓枠に足をかけて、デイビッドを指した。

「信じてるけど、デイビッド。わかってるよね?」

「わかってるって、なにがだよ?」

「いや、きみにはジェニファーがいるだろ?」

 帽子を深くかぶり、サングラスをかけたデイビッドは、背中をわたしに向けて腰をかがめた。

「おいおい、やめてくれよ。一緒にプロムへ行ったからって、ステディってわけじゃないさ。ほら、ニコル。早くしろよ」

 う、うううう、あの背中に乗っかるべき? いや、走れないのだ、仕方がない。よろよろと片足ジャンプで、デイビッドの背中に手を添えたとたん、パンサーは脱いだ服を詰めたリュックを窓から放った。アーサーがそれを拾う。

「ああ、ありがとう、アーサー」

 マスクをつけた顔をデイビッドへ向けたまま、パンサーがいう。

「……どういたしまして。というよりも、なんだろうな、キャシディにジャズウィット。ものすごいデジャヴ感におそわれるやりとりだぞ」

 アーサーが意見を述べ終えないうちに、半ば強引にわたしを背負ったデイビッドは、脱兎のごとくいっきに敷地を駆け出した。宙へ舞い上がったパンサーは、走るデイビッドの頭を、上からペシリとグローブで叩き、そのまままっすぐ前方に向かって飛び、校門の塀の上をブーツで蹴って、校舎を飛び越え、正門までいっきに飛んだ。叩かれたデイビッドは、走りながらげっそりした声音を吐く。

「……ライバルがヒーローって、マジで面倒くさい。空中から頭を叩かれるんだからな」

 ちょおっと待って? 聞き捨てならない言葉を耳にしてしまったので、わたしはすかさずデイビッドに訴えた。

「ええ!? ライバルって、どういうことかな! それ、あなたの友達宣言ってなんだったのって、思っちゃう発言になっちゃってるじゃない!」

「もちろん友達だよ、ニコル。とおーっても仲良しのね!」

「その定義が謎なのよ、デイビッド!」

 追いかけて来たキャシーが叫ぶ。すると、アーサーがまたいった。

「……ほんとうに、デジャヴすぎるな。いよいよめまいがしてきたぞ」

 わたしも同感だ。でもまあ、こんな毎日も悪くはない、のかもしれない。と、思うことにしておこう(でなければ疲れすぎて、倒れてしまいそうだから!)。

 校舎をまわり込むようにして、駐車場へ向かって敷地を走っていたら、突然遠くで、急ブレーキのかかる車のエンジン音がこだました。同時に、なにかがどこかへぶつかったような、激しい衝撃音が重なり、鳥たちが敷地内の木々から、いっせいに飛び立った。

 立ち止まって校舎を振り返れば、すうっと屋根に、どこからともなく黒い影があらわれて、こちらに向かって手を振った。「車体を転がしたんだろうな」というアーサーの言葉に、ほっと息をついたところで、屋根から影が消える。あ、と思う間もなく、パンサーはわたしたちの目の前に降り立って、両手を広げた。

「ブロックの角で、車体を転がしたよ」

「ほらな?」とアーサー。

「三ブロック北をパトカーが走っていたから、誘導したんだけど」

 パンサーがいったのち、パトカーのサイレン音が大きくなり、しばらく同じ場所にとどまってから、やがて遠ざかった。というわけで、あのおっかないマノロの親族がまたひとり、ポリ野郎に売られた、という決着になってしまった。

「も、もういないよね? もう、わたしを捜しまくってる誰かは、いないよね?」

 おどおどしながら、デイビッドの背中でいってみる。もういないわよ! と同意してくれたのは、なぜかキャシーだけだった。えええ?

「……わからないぞ。常識はずれはシティに山ほどいるからな」

 どうしてアーサーは、ちょっと面白がってるみたいなにやつき顔で、そういうおっかない予想をたててしまうのだろう。しかも、アーサーの予想はいつも、当たりそうだからさらにおそろしいのだ。

「いたらまた逃げればいいさ。泊まるなら家も大歓迎だよ、ニコル。カルロスが邪魔くさいけどね」

 いや、カルロス邸に泊まることだけは遠慮します。

「ともかく、ニコル。市警までぼくが連れて行くよ」

 おいで、と両手を差し出すパンサーを尻目に、なぜかデイビッドはわたしを背負ったまま無謀にも、なんと、駐車場まで逃げるみたいにして、駆け出してしまったのだ。ええ、えええええ?

「おおお、お、降ろしてくれないかな!」

「聞こえないね、まったく!」

 デイビッド、と叫ぶキャシーとアーサーの声に、パンサーの声が重なる。それから駐車場へ着くまでの間、デイビッドの前にパンサーが降り立って、そこからわたしを背負ったデイビッドがまた逃げるという、なんともおかしな光景が繰り広げられることになってしまったのだった。

 大変だ、デイビッドの行動が意味不明すぎるし、ギャングに追いかけられないとしても、こんな日々がまだまだ続きそうな予感に、おそわれてきてしまった。それにとうとう、立ちはだかったパンサーの口元が、ものすごくムッとしはじめたのがわかって、わたしはパニくり、ついにぎゅうううとデイビッドの両耳を引っ張って、なんとか立ち止まらせることに成功した。

「なんだよ、べつにいいだろ? ニコルは軽いし、背負っていたかったんだよ。というか、久しぶりにくっついていられたんだから、もうちょっとぐらいって思っただけだ、悪いか」

 両耳に手をあてて、デイビッドがむくれた。

「落ち着いてよ、デイビッド。どうして連れ去るみたいにして逃げるの? ニコルはぼくのガールフレンドで、きみは友達、だろ?」

 告げたパンサーは、ずるずるとデイビッドの背中から降りて、片足で地面に着地したわたしの手をつかんだ。舌打ちするデイビッドの肩に、アーサーが手を置く。

「ああ、楽しい、楽しい。もっとやればいい。さあ、続きをどうぞ」

 まるで人ごとだ。まあ、アーサーにとっては事実、人ごとなのだろうけれども。そのひとことで脱力させられたのか、デイビッドもパンサーもちょっと苦笑した。

「……わーかったよ。いいさ、ニコルを連れて行けよ、WJ。ただし、今夜カルロスの家で、おれの前でいちゃつくのだけはマジでやめてくれ。もうマルタンに八つ当たりしたくないからさ」

 はあっと、両手で顔をおおうデイビッドの背中に手を添えて、キャシーがなぐさめる。

「そういうのわかるわ、デイビッド。「闇の騎士シリーズ」でも、ジュリエッタ姫がロルダー騎士とくっつきそうになって、もちろんそのあとでくっつくんだけれど、あきらめきれない王子が、切ない気持ちになるシーンがあるの。あそこ、すっごく泣けたわ。わたしはロルダー騎士のファンだけれど、さすがにわたしがいたらなぐさめたのにって、本気で思うほどだったのよ」

「……そうか、ありがとう、キャサリン・ワイズ。なぐさめの言葉に、なにか偏りを感じるけど、気のせいということにしておくよ。きみも大事なおれの友達だ」

 友情の証(?)なのかなんなのか、キャシーの両手を取って、ぎゅううと握るデイビッドのシャツを、焦ったアーサーがぐいっと引っ張った。

「なにをしている、おまえのターゲットはキャサリンじゃないだろう!」

 人ごと、ではなくなったようだ。

「なんだよフランクル、感謝をしめす行為ぐらいいいだろう! じゃあおれには、女の子の友達はひとりもできないってことかよ!? たかが手を握るだけの友達も!?」 

「キャシディ。おまえに異性の友達は無理だ。なぜならおまえ自身が、その定義をわかっていないからだ!」

「定義ってなんだよ?」とデイビッド。

「異性間での友情とはな、キャシディ。お互いがまったく、相手に好意を持てないからこそ、育まれるんだぞ。おれとニコルみたいにな」

 はあ? とデイビッドが困惑する。

「好意を持てないのに仲良くなんかなれるかよ」

 アーサーが、げっそりした顔でデイビッドを見つめた。

「……どうしておまえは、そうなんでも、恋愛にからめてものごとを考えるんだ?」

「そんなのあたりまえだろ?」とデイビッド。

 ふっと笑みを浮かべると、髪をかきあげていいきった。

「おれはデイビッド・キャシディだぞ、フランクル?」

 ……答えになっていない。たぶん、女の子が放っておかない、みんなのアイドルなんだぞ、という意味なのだろう。まるでかみ合わない二人のやりとりを、あんぐりと口を開けたまま見ていたら、パンサーがわたしに耳打ちした。

「……このすきに、逃げちゃおう」

 え? という間もなく、わたしを抱いたパンサーは小さく笑って、

「今夜行くよ、デイビッド! いちゃついたらごめん!」

「なんだって!」

 デイビッドの声がひびく中、地面を蹴って、パンサーは飛んだ。

 

★  ★  ★

 上空から見下ろす摩天楼は、窓に日射しが反射して、とても眩しい。クレセント・タワーに立ち寄ったパンサーは、目を細めたわたしの額に、唇を寄せてから顔を離し、サングラス越しにわたしを見つめた。

「ほうらね。だからいっただろ」

「え! なにを?」

 パンサーがにやっとする。

「きみの行動にぼくがハラハラするって。まあ、でも、さっきはデイビッドにハラハラさせられた、ってことになるけど。やっぱりデイビッドは、まだきみのことが好きなんだね。まさかきみを背負って逃げるなんて、思わなかったよ」

 うん、わたしもだ。

「……友達だっていってくれたんだけどなあ。あれって幻?」

「もしくはいい訳。まあ、いいよ。ぼくがガードすればいいってことだもんね。まだまだきみを、いろんな人から守らなくちゃいけないみたいだ」

「う。……お、お願いします」

「うん」

 くすっとパンサーが笑った。それから、わたしたちは、この先になにがあっても、仲良しでいようねという気持ちを込めて、何度も、たくさん、キスをした。

「……ああ、市警に行くのが、とっても面倒になってきちゃった」

 わたしがちょっとむくれたら、パンサーはにっと笑みを返す。

「じゃあ、面倒なことは、さっさと終わらせよう」

 わたしの背中へ腕をまわし、ぐっと自分へ引き寄せる。

 わたしの恋人はスーパーヒーローだ。ときどきたっぷり眠ってしまって、わたしをハラハラさせるし、普段はまったく冴えないけれど、でも本当は、最高にワイルドでハンサムな、とっても優しい、わたしの大切な、世界で一番素敵な男の子だ。だからこそわたしも、世界で一番素敵な女の子にならなくちゃと、あらためて心に誓う。

「しっかりつかまって」

 そして、パンサーは重力に反しためまぐるしい世界へ、わたしを連れて飛び立った。

Fin

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