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33:きっとこれでおあいこ

「ここの電波が通じてないのとゲストが人質に取られたことを、カルロスに伝えたよ」
 身にまとっているコスチュームを消しながら、ジェイが言った。
「待機してる市警とFBIにも連絡がいっただろうから、もうすぐ突入してくると思う」
「じゃあ、その人たちを待ったほうがいいかな?」
 わたしの言葉に、TDは苦い顔をする。
「待ったほうがいいんだろうけど、リビングの中がどうなってんのかにもよるな。つっても、こっから逃げる方法も思い浮かばねえし、八方塞がりだぜ」
「と、とにかく、彼女たちをどこかに避難させなくちゃ」
 行方不明だった女の子二人を見ると、抱きあって小刻みに震えていた。無理もない。だって、彼女たちにしてみれば、わけのわからないことだらけだもの。
 そんな彼女たちを見て、ジェイが訊ねる。
「ちなみにだけど……きみたちもゲスト?」
 TDが簡潔に答えた。
「いや、行方不明だった女子高生だ。そこにがっつり空いてる穴にいた。詳しく説明すんのはどっかに落ち着いてからにしてもいいか? ここはなんか落ち着かねえよ」
「オーケー」
 なんとなく事情を察したらしいジェイが、提案した。
「図書室にしよう。あそこは窓がないから外から侵入されることもないし、市警やFBIがくるまで鍵をかけて、書棚の奥で隠れててもらえばいい」
 TDもうなずいた。
 そういうわけで、そっと書斎のドアを開け、静まり返った通路を探る。ジェイに倒された護衛はすっかり意識を失っているし、リビングのドアもいまだ閉じられたままだ。図書室に向かうならいましかない。
 先頭のTDが書斎を出ようとした矢先、なぜかリビングから優雅な音楽が流れはじめた。まるで時間がさかのぼったかのように、談笑の声も聞こえてくる。
「な、なんだ?」
 困惑するTDに、ジェイが言った。
「わけがわからないけど、ひとまず急いで図書室に行こう」
 TDが女の子たちを連れ、通路を走る。わたしとジェイもそのあとに続こうとした直後、あろうことか閉ざされていたリビングのドアがいっせいに開いてしまった。
 TDは女の子たちを連れたまま、図書室まで突っ走った。それと入れ替わるように、なにごともなかったかのような様子でグラスを手にし、談笑するゲストたちが通路に出てきちゃった!
 わたしとジェイは一足遅く、いったん書斎に引き返し、ドアを閉じて鍵をかけた――って。
「えっ……えええ……? な、なにが起きてるんだろ」
 ドアに背中をつけながら、思わずつぶやく。
 通路からは、グラスを傾ける音、音楽、笑い声と、パーティを満喫しているゲストたちの気配しか伝わってこない。さっきまでの静けさがうそみたいだ。
「もしかすると、洗脳終了……ってことかな」
 ジェイが言う。その言葉にぞっとした。
「せ、洗脳?」
 わたしを横目に見て、ジェイはうなずく。
「ブライアン・ライトの悪魔的な洗脳が終わったのかも」
 洗脳されたからといって、ゾンビのようにわかりやすい状態になるわけじゃない。いったん普段どおりの姿に戻っておいて、なにかのきっかけで〝普通じゃなくなる〟のかもしれないと、ジェイは予想した。
「えっ! じゃあ、市警とかFBIがきてもいまみたいに普通だったら、追い返されちゃうかもしれないよね?」
 ジェイが嘆息した。
「……しかたない。少しここにいて様子をうかがおう」
 薄暗いライトに照らされた書斎は、床が洞窟みたいに掘られてある。でも、あれは実際に掘られているわけじゃなくて、魔法でつながってる異次元空間だ……なんて、わたしもちゃんとわかってるわけじゃない。でも、そんなふうに考えないと、意味が通じない。だって、実際にこんな深い穴があるとすれば、階下の天井がものすごく低いことになっちゃうから。
「あのさ……TDが落ち着いてからって言ったけど、やっぱり気になるから訊いていいかな」
「あの穴だよね。もちろんいいよ」
 というわけで、ラグの下に見つけた魔法陣と、TDともどもコルバスに倒されて空洞みたいなところに入れられたこと。そこで女の子たちを見つけたこととコルバスとの攻防について、あらためてジェイに伝える。すると、ジェイは苦い顔でわたしを横目に見た。
「なんとなくそうじゃないかなって勝手に予想つけてたけど、きみの口から真実を聞かされると、心臓が冷えて凍えそうだよ」
「うっ……と、ほんとにごめん。でも、助けてくれてありがとう」
 彼がいなかったら、わたしはいまごろ自分のパワーにのみ込まれてどうなっていたか知れない。あらためて思い返すと、ほんと、わたしの心臓も氷になりそう。
「それであの、あなたは平気? ケガとかしてない?」
 ジェイがちょっとむくれる。
「平気じゃない」
「えっ! やっぱりどこかケガした?」
「……実はさ、きみのパワーがぼくのコスチュームを貫通して、少し腕をやけどしたみたいなんだ」
 うそ、うそでしょ!? そんな、どうしよう! ぶわっと目に涙が浮かんできた。
「ご、ごめん。ほんとにごめん! どうしよう、早くなんとかしなきゃ! 見せて!」
 涙目でジェイの手を取り、ジャケットとシャツの袖をまくり上げようとしたときだった。
「うそだよ、ジーン。ごめん。泣かなくていいから、ほんとごめん」
「……えっ、うそなの?」
「ぼくのコスチュームはそんなにやわじゃない。ケガもやけどもしてないよ。きみに同じことをしてほしくないから言っただけ。でも、最低だったね、ごめん」
 ジェイはそう言って、わたしの頬を両手で包み、親指で涙をぬぐってくれた。
「ほんと? ほんとに平気なんだね?」
「平気だよ。全然、どこも痛くもなんともない」
 ああ、それならよかった! 今度は安堵の涙があふれてしまう。
「うう……よかった!」
 ジェイはわたしの顔を両手で包んだまま、驚いた顔を近づける。
「よかった? 嘘ついてきみを心配させたのに?」
「あなたが平気なら、なんでもいいんだ。悪いのは、自分のパワーを過信したわたしだもの。こっちこそ、ほんとにごめん」
 鼻をすする。そろそろ顔を離してもらわないと、だらだらと鼻水が流れる事故を起こしそう。
「で、できれば顔を離してくれないかな? わたし、全然メイクしてないし、いまアップに耐えられる顔じゃないって自覚してるから」
 ジェイがやっと笑ってくれた。
「……どうかな。もうちょっとこうして見てようかな。さっきみたいなうそつくより、こっちのほうがきみには拷問みたいだから」
 それは否定できない……って、大変だ。五歳児みたいに鼻水が垂れそうになってきて、またもやずずずと鼻をすする。
「ご、ごめ……ばなみずが出てきちゃってざいあぐ」
 ジェイがクスッと笑い、ジャケットの胸元のハンカチを差し出した。
「これ使って」
「えっ! らってこれ、ミス・ルルがレンタルしてくれた衣装の一部れしょ?」
「使ってもいいからあるんじゃないかな。いいから使って」
 赤い顔でハンカチに鼻をくっつけ、急いで鼻をかんでしまった。
「こ、これは洗濯して返すね。一応……」
 ジェイはわたしを見つめながら、クスクスと肩を揺らす。
「きみといると、ほんと楽しいよ。自分の過去なんかどうでもよく思えてくるな」
「えっ?」
 はっとしたように、ジェイは口をつぐんだ。そうして気を取り直すように髪をかきあげ、
「なんでもない。いまのは忘れて」
 表情を固くさせる。ああ、ほら、まただ。
 彼の素直な一面が、突然なにかの拍子で秘密めいた仮面に隠される。

 自分の過去なんかどうでもよく思えてくる――って、どういうこと?

 わたしの疑問をよそに、ジェイは気分を変えようとするかのように窓を向く。摩天楼の景色が丸見えなうえなうえ、コルバスの逃げた窓は全開のままだ。
「窓を閉めて、全部のブラインドを下げておこう。コルバスに見られてるかもしれないし、攻撃されるとしても時間を稼げる」
「う、うん。わかった」
 ジェイはとっさの判断が的確で早い。すごく慣れてる気がして、こんなときはちょっと怖くなる。
 まるで、ずっとなにかと戦ってきたように思えてしまうから。それも、ジェイの過去と関係してるのかな……?
 ちょっと不安になりながら、急いで窓に鍵をかけ、ブラインドを下げていく。と、ふいに腰をかがめたジェイが、倒れた植木鉢の下からなにかを拾った。なんだろ?
「なに拾ったの?」
 最後のブラインドを閉じて言う。すると、彼がそれをわたしに差し出した。
「これ、もしかしてきみの命綱じゃない?」
 それは、わたしの落としたピルケースだった。よかった、あった!
「わっ、ありがとう!」
 心底ほっとして手のひらを出す。そこにピルケースをのせたジェイは、そのままわたしの手をぎゅっと包んだ。
「いつもはもっと早い時間に飲むはずのものを、こうやって持ち歩いてたってことは、もしかして意図的に飲まなかったってこと?」
 はっとする。ジェイにはすべてお見通しみたいだ。
「……うん」
 ジェイはわたしの手を強く包みながら、怖いくらいの真剣な眼差しで言葉を続けた。
「ぼくのパワーはコスチュームのおかげだけど、きみのパワーは本物で、天からのギフトだと思う。でも、使い方がわからないのに無謀な賭けに出たら、きみだけじゃなくきみの大事な人も傷つけることになる。ぼくの言ってること、わかるよね?」
 こんなにも鋭い眼光を向けられたのは、はじめてだ。
 わたしはうなずく。すると、ジェイの眼差しが和らいだ。
「怒ってるわけじゃない。きみが心配なだけだよ」
 もちろん、わかってる。さっきだって、ジェイがいなければどうなっていたかわからないんだもの。
 でも、それでも、なにかの役に立つかもって思いたかった。
 彼の助けになるかもって、無謀だってわかりつつも信じたかったんだ。

 パパみたいなスーパーヒーローになりたいわけじゃない。
 わたしはただ、好きな人や友達を助けたり、守れる人になりたいだけ。

 そう思ってから、ふと気づく。ジェイに会うまで、こんなふうに自分のパワーを役立てたいって思ったこと、きっとなかった。
 そのことに気づいたとたん、わたしは密かに息をのむ。
 ああ、そっか。どうしていままで、思いつかなかったんだろう。
 薬を飲まなくてもいい方法を、ひとつだけ思いついてしまった。

 ――パパに、このパワーの使い方を教えてもらえばいいんだ!

「……ジーン。なんか急に目が輝いてるみたいな気がするんだけど、ぼくの気のせいかな」
 気のせいじゃないけれど、いまはそういうことにしておこう。
「……ジェイ。わたしとした約束、覚えてる?」
「約束?」
「今夜を無事に終えることができたら、あなたのことを全部話してくれるって約束したこと」
 ジェイは息をのみ、目を見開く。と、小さくうなずいた。
「覚えてるよ。けど……」
 息をつき、わたしを見つめる。そうして、自嘲気味に少し笑った。
「きみに知られるのが、一番怖い」
「どうして?」
 どこかせつなげな眼差しで、ジェイは言った。
「きみに嫌われたくない」
 今度はわたしが息をのむ。けれど――。
「わたしが知ってるのはいまのあなたで、いまのあなたが全部だもの。わたしはあなたといるのが楽しいし、あなたとおしゃべりするのも好き。だから、あなたがどこの誰でも、どんな過去があったとしても、いまのあなたを知ってるから嫌いになったりしないよ」
 ジェイはびっくりしたように目を見張ったまま、押し黙った。
「じゃあ、わたしもわたしの情けない過去を教えることにする。それを知ったら、あなたもわたしを嫌いになるかも?……っていうか、幻滅しちゃうかもだし、おあいこになるかもしれないもの」
「……情けない?」
 ジェイが困惑する。わたしは笑みをつくった。
「わたしがいかにしてひとりぼっちの女子高生になったか。わたし、ずっとみんなに変わり者扱いされてたんだ……って、この続きは明日だからいまはしゃべらないようにしなくちゃ!」
 わたしにとっては思い出したくない過去だ。とはいえ、きっとジェイの過去の重さに比べたら、鳥の羽みたいに軽すぎるだろうけれど。でも、それでも!
「うう……恥ずかしい日記を晒す気分。あ、そうだ! ついでに昔つくった歌も披露しようかな。これならきっとあなたの過去とおあいこになりそう」
 ジェイがやっと、くしゃりと破顔した。
「……きみのつくった歌?」
「すっごく恥ずかしい歌詞の歌だけど、残念ながら覚えちゃってるんだ。これは誰にも歌ったことがないから、あなたがこの世界で最初のお客さんだよ。耳が腐らないよう気をつけてね」
 ジェイが声をあげて笑った。
「それは大変だ。気をつけなきゃ。明日が待ち遠しくなってきた」
「ほんと? それならわたしも嬉しいな!……って、まあ、本音はあの穴に戻りたいほど恥ずかしいけど」
 ジェイが笑いながら、わたしを軽く抱きしめた。
「きみ、ほんと最高」
 友情のハグみたいな感覚が、一瞬でぎゅっとした恋人同士のハグに変化した。
「……最高だよ」
 わたしの耳に、ジェイの声と息がかかる。息ができないほどきつく抱きしめられて、わたしの心臓がバクバクしてきた!
 彼の唇が、わたしの頬に寄せられる――ってこれ、いまにもキスされるそう!? 
 うわ、うっわ、目を閉じなくちゃ! と思った直後、書斎のドアの鍵がカチリと鳴った。
 ジェイと同時にはっとしてドアを向く。すると、ドアノブがまわり、開いた。
「やはりここだったか。探したぞ、ジーン。仕事をサボるな」
 そう言ってドア口に立ったのは、どこからどう見ても執事っぽいヘンリーだった。
 どうやって鍵を開けたのかは謎だけど、無事がわかってほっとする。いや、ほんとに無事なのかな? 疑惑を抱きはじめた矢先、ヘンリーがジェイを見た。
 瞬間、ヘンリーの両目が赤く光る。わたしとジェイは固まった。
 えっ!……うそだ、どうしよう。気のせいだって思いたいのに、はっきり赤く光っちゃってる。
 やっぱり、全然無事じゃなかった!?

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