31:It's a Show time![4]
書斎のラグの下を探るため、こそこそと図書室に集まったわたし、ジェイ、TDをのぞいた全員が、ブライアン・ライトとその使い魔であるコルバスの悪魔的なパワーによって、リビングに閉じ込められてしまった!
「こいつは、悪魔崇拝の洗脳パーティだ。間違いねえよ」
美女と化しているTDの表情に、面白がる様子はみじんもない。
「でも、向こうには棺の魔女――マダム・エヴァがいる」
ジェイが言ったとたん、TDは表情を明るくさせた。
「ああ、そういやいたな。あのばーさんマジでおっかねえし、すげー魔女みたいだからなんとかなるかもな!」
男子二人の期待を削ぐのは心苦しかったけれど、真実を告げるしかない。
「あのマダム・エヴァ、遠隔の魔法で動いてる蝋人形なんだって。パティに聞いたの。だから、魔法は使えないと思う」
「マジ?」
TDがあ然として固まる。ジェイは目を丸くした。
「だとしたら、あれはあれですごいな」
わたしはうなずき、息をつく。でも、待って。ということは、もしかして?
「マダム・エヴァが蝋人形だって、悪魔チームにバレてるのかな? そうじゃないと魔法でやっつけられるかもしれないんだから、なんとかエヴァを追い出すか、そもそも招待なんてしなかったかも?」
「ばーさんに勝てるって思ってんだろ?」
TDが肩をすくめる。ジェイが言った。
「向こうにバレているかはわからないけど、一番の目的はパティなんじゃないかな」
「えっ?」
「有力者たちの洗脳との一石二鳥で、パティを誘い出そうとしてるのだとしたら?」
わたしとTDは息をのみ、顔を見合わせた。ジェイが言葉を続ける。
「ブライアン・ライトにはふたつの目的があるよね。ひとつはこの国での成功で、もうひとつがパティと婚姻を結ぶことだ。彼女を追いかけてこの街にまで来たものの、マダム・エヴァの庇護に邪魔されて、いまだにパティを手に入れられてない。そのうえ、あと少しでパティは婚姻を結べない年齢になる。追いかけっこに業を煮やしたとしたら、人質を餌にして誘いだすのは悪くない方法だよ」
しかも、マダム・エヴァだけじゃなく、たくさんの人を――と、ジェイはつけくわえた。
「諦めりゃいいのに、くっそ面倒くせえヤツだな!」
同感だ。TDの言葉に、ジェイは思慮深げに眉を寄せた。
「たぶん、そういう契約だから遂行するしかないんだろう。それも一種の呪いみたいなものかもね」
そもそもはパティのご先祖さまが、自身の夢を叶えるべく悪魔と契約してしまったのが発端だ。未来永劫、破棄されることのない契約のせいで、現代の女の子が不自由な生活を強いられているのだから、たまったものじゃない。
「うう……タイムマシンがあったら過去にさかのぼって、パティのご先祖さまを止められるのに!」
歯ぎしりする思いで言葉をもらすと、TDは神妙な面持ちで「マジで同感だ」と腕を組む。
「とにかく、これからどうしよう? 携帯は使えないし、リビングにはデイビッドおじさんもスーザンさんも、それにヘンリーもいる。それと、いっぱいのゲストたちも。まるごとみんなを助けなくちゃ!」
ジェイがうなずき、口を開いた。
「下のバンにカルロスがいるし、市警とFBIも待機してるはずだから、連絡できれば助っ人になってくれるかもしれない」
はっとしたように息をのんだTDは、おもむろに携帯を見た。
「魔法とか悪魔的なパワーはよくわかんねえけど、この街全部の電波が使えなくなったわけじゃねえと思うんだよな」
「えっ?」
「つまり、このフロア外にでたら、電波がつながるかもしれないっつーことだよ」
「なるほど」
ジェイが言う。わたしも感心してしまった。
「そっか!」
「魔法じゃなくても、人間の力で一網打尽にできるかもな。それと、おれのプリンセスに連絡して、なにがあっても絶対にここに来るなって忠告もできる」
パティはすっかりTDのお姫さまにされたらしい。それはそれとしても。
「それ、最高だよ!」
「善は急げだ。もち、おれがやる」
TDがここを離れるためには、例のランドリールームを通るのが近道だ。でも、そこはリビングの奥につながっているから戻れない。そうなると、この通路をわたって真正面のエントランスから、堂々と出ていくしか方法はない。けれど、そこにはわんさか護衛がいる。彼ら全員を小型のスタンガンで倒せたとしても、ものすごい時間がかかりそうだ。
わたしの懸念が伝わったのか、TDはブロンドのカツラを鷲掴みにして身悶えた。
「……って、時間がかかりすぎる。んなことしてらんねえよ!」
「時短な方法ないかな!? TD、天才でしょ、考えて!」
TDの両肩をつかんで揺さぶっていると、ふいにジェイが書斎を見まわしはじめた。
「そういえば、ここって窓ないんだね」
「え?……うん。全部本棚だね」
「書斎には、窓あった?」
突然どうしたのだろう。わたしは首をかしげつつ、あったと告げる。すると、ジェイは視線を鋭くさせた。
「オッケー。とにかく書斎に行こう。ぼくが外に出てみんなに連絡するから、その間きみたちはラグの下を確認して」
「窓から外に出るって、まさか?」
びっくりするわたしに、ジェイは控えめな笑みを見せた。
「こんな中心部であの姿を見せたことはないから、新聞の一面になるかもしれないけど、みんなのためだ。背に腹は代えられない――飛ぶよ」
★ ★ ★
ドアを細く開け、廊下をうかがう。まるで誰もいないかのように静まり返っていて、閉じられたドアの向こうでいったいなにが起きているのか、想像するのもおそろしい。どちらにしても、急がなくちゃいけない。
ジェイが軽く右手を揺らすと、右腕の肘下だけがメタリックなコスチュームに変化した。ほんと、それっていったいどうなってるのと訊ねたい衝動にかられたものの、TDとともに息を殺して彼を見守る。
図書室からでて、ぐるりと壁にそって通路を歩く。死角になっている位置から書斎を盗み見ると、ドアの両端に護衛が二人立っていた。いったん顔を引っ込めると、「いっきに倒す」とジェイが言う。どうやって? と訊ねるすきもなく、死角から飛び出したジェイは、護衛が反応するよりも速く黒いグローブの右手を突き出すや、光の矢のようなものを放った。それは護衛の額をつらぬいて、次々と床にくずおれた。
「眠ってもらっただけだけど、二時間は目覚めないよ」
ジェイはわたしたちを見てうなずき、先に行く。顔を見合わせたわたしとTDは、あんぐりと口を開けたままジェイのあとに続いた。
意識を失って床に寝そべっている護衛の額には、やけどのような小さな痕ができていた。
TDが鍵を開け、わたしたちは書斎に足を踏み入れる。一瞬気が緩みそうになったけれど、予断は禁物だ。
「じゃあ、急ぐよ」
そう言ったジェイは、いつか見たときのように両手を重ね合わせる。すでにコスチュームと化している右手から左手、やがて全身が光の粒に包まれていき、黒く輝くメタリックな物質が、彼の服ごとすべての姿をおおい隠した。
「……しっかし、マジで何度見てもくっそクー――」
「TD、叫ばないで。気づかれる」
ジェイがめっちゃクールなマスク越しに優しく諭した。ごくりとつばをのんだTDは、真っ赤な唇をぎゅっとかみしめる。長椅子の置かれた窓際に向かったジェイは、縦長の窓を押し開けた。
「ジェイ、ほんとに大丈夫?」
地上二百メートルを有に超える高さから外に飛び出すべく、ジェイはこちら向きで窓枠に腰掛けた。
「うん、平気だよ。じゃ、あとで」
さらりと言うなり、背中から空中にダイブした。
「あっ――!」
とっさに窓に駆け寄って、TDと眼下を見下ろす。見るみる小さくなっていくジェイは、まるでスカイダイビングを楽しむかのように空中で回転した。その姿に震えを覚えた直後、車のクラクションと歓声が重なるのを耳にした。
目を凝らしてもよく見えないけれど、どうやら無事に着地したらしい。
「……明日の新聞、マジで一面あいつかもな」
「う、うん……」
無事だってわかっていても、おっかなすぎて胸が張り裂けそう――と思った刹那、視界が色とりどりの光で弾けた気がした。はっとし、まばたきをするとすぐに消える。まだ耐えられているけれど、パパ譲りのサイキックなパワーの制御が限界に近いらしい。念のために薬を確認しておくため、ポケットに手を入れる。
「……あれ?」
「どうした」
ケースに入れた薬がない。うそ、どうしよう。どこにもない。きっとどこかで落としたんだ!
「ジーン、なんだよ?」
「な、なんでもない」
大丈夫、視界だって戻ってるし、まだ平気。焦るのはよくないから、ひとまず深呼吸をして落ち着こう。ほら、いい感じ! 今夜、薬を飲まないって決めたのはわたしだもの。冷静に対処すれば、あのときみたいなことにはきっとならない。
ジェイにはじめて会った夜のようなことにはならないって、信じたい!
「ラグの下を見てみようぜ」
「う、うん」
そう言ったTDが、ラグに手を伸ばす。ふたりしてごくりとつばをのむ。TDがラグを持ち上げたものの、板床にはなにもなかった。
「あれ?」
「なんもねーな」
そんなわけない。だって、たしかに。
「おかしいな。だって、光ったように見えたもの――」
――ゴツン。
わたしの言葉に、床の下から叩かれたような振動が重なった。同時に、うっすらと床がたしかに光った。はっとしたわたしとTDは、目を見張る。
「……いまの、なんだ?」
「し、下からだったよね? それに、光った」
「ああ」
急いでラグを丸め、必死になって床に目を凝らす。間接照明が薄暗いせいでよく見えない。すると、ふたたびゴツンと振動した。携帯を出したTDは、その画面の明るさを電灯にして床を照らした。
「……なんだ? めちゃくちゃ傷があるぜ?」
わたしも真似をする。たしかに、床に無数の傷があった。でも、これってほんとにただの傷? なんだか、まるで。
「これ、魔法陣みたいに見えない?」
TDを見ると、彼も同じことを思ったらしく視線が絡んだ。
「やっぱ?」
「うん……っぽいと思う」
と、ふたたび床下からノックされた。視認できた魔法陣のような傷が、消えかかる電球のようにじわりと光った――直後。
――助けて!
遠くでこだまする声が聞こえた次の瞬間、書斎のドアが開け放たれる。
「ほう? こんなところに悪い子発見」
ニヤリとしたコルバスは、わたしとTDに向かって両手を広げる。まばたきをする間もなく瞬時に身体ごと吹き飛ばされ、わたしは意識を失った。