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拾ノ章
百聞は一見にしかず
其ノ92

 わたしは地獄に行ったらしい。
 そのことを、なにがなんでも思い出さなくちゃいけなくなってしまった!
 そのうえ、この賭けには期限がある。その期限について鷹水さんは答えを濁していたけれど、こういうのってそんなに長くない気がする。
 っていうか、むしろ短い予感すらしてきた。
「どっちにしろ、めっちゃ切羽詰まってるんじゃないか……?」
 期限までにわたしが思い出せなければ、鷹水さんは消える。そうささやいた鷹水さんの声が忘れられない。
 これもなにかの縁なんだろうし、いまの鷹水さんが親切なのだから、地獄でもきっとわたしに親切にしてくれたはず。だったらこの賭けに勝つことは、わたしなりの恩返しになるかもしれない。
 ってことはさ、思い出すしかないってことなんだよ。だんだん鼻息荒くなってきた!
 いまは魔物かもだけど、真面目に坊さんになろうとしてる鷹水さんを応援もしたい思いもある。それになにより、わたし自身も思い出したい。そうすれば、すべてのもやもやが晴れるもんね!
「……絶対思い出してやる!」 
 深夜目覚めてからまるきり眠れず、やたらぎらぎらした思考回路で決意をあらたにしていたら、すっかり夜が開けてしまった。
 時計を見ると午前四時。鷹水さんの卵酒のおかげか風邪っぽさもなくなったし、ジョギングがてら林まで行ってみるかと思いたった。
 速攻でジャージに着替えて廊下に出ると、父さんが居間から顔を見せた。
「おお、早いな、椿。走るのか?」
「うっす!」
 鼻息を荒くしてうなずき、下駄箱からスニーカーを出して履く。外に出ると、黄金色の光が東の空から放たれていた。

♨ ♨ ♨

 

 坂道を下り、町内を一周してから戻るついでに、林の中に突撃してみた。あの日あの朝いたところまで来たものの、結局なにも思い出せなかった。つってもまだまだ、ガチな思い出捜索ははじまったばかりだ。急ぎたいし焦るけど、地道に繰り返していくしかない。
 坂道を駆け上がりながら、思い出せなくてもひたすらぐるぐると考えた。こんなになにかについて真剣に考えたことなんて、正直いままで一度もない。
「……ってか、そもそもなんで地獄に行ったんだろ」
 わたしが地獄に行ったんだとしたらさ、行かなくちゃならなかった理由があるんじゃないか……?
「そうだよ。なんの理由もなく行くわけないじゃん!」
 それがわかったら、思い出せそうな気がする! うおお……と興奮しはじめた矢先だった。
 坂道のガードレール下の雑草に、汚れてくすんだ茶色い物体を見つけた。近づいてみると、なぜか家の寺のスリッパだった。しかも、そこにあるのは片方だけ。
 なんで家のスリッパが、こんなところに放り投げられているんだろ。何度もここを通ってたくせに、全然目に入らなかった。たまに靴下とか手袋の片っぽが落ちてることがあるから、それと同じ現象ってことか? 謎だな……と指でつまんだとたん、ふと思い出した。
「あっ、筆……?」
 父さんもカガミちゃんも言っていた、謎の存在――筆。
 わたしがなにやら応募して景品で届いたらしきことを、父さんは言っていたはず。
 ってことは、部屋にある公募雑誌を見ればわかる。応募した賞には必ずチェックをしているからだ!
「急げ、山内!」
 拾った我が寺のスリッパをつかんだまま、全速力で走る。
 もうすぐ着くという直前、坂の上から一台の車が突っ走って来るのが見えた。朝日を浴びるど派手な車体には見覚えがありすぎる。その外車は、なぜか境内の前でキュッと停まった。
「……うわあ……マジか。朝から面倒くさいなあ」
 げんなり顔でのろのろと近づいたとき。
「なかなかだぞ、良賀(りょうが)。これはよい車だ」
 恰幅のいい今朝姿の中年の坊さんが、助手席から降りた。
「そうでしょう。小まわりもきくしなにより目立って最高です」
 運転席のドアが開く。同時に、わたしはあんぐりと口を開けるはめになった。
 すっかり剃髪したリョーちゃんが、助手席から降りた人物と同じく、ご立派な袈裟を身にまとっていたからだ。
 一般庶民から僧侶に擬態したリョーちゃんにあ然としていると、恰幅のいいほうに気づかれた。
「おお、これはこれは! 椿ちゃん、おはよう。お父さんは本堂かな?」
 振り返った顔で、誰なのかすぐに判明した。
 個人的につけてるあだ名は――ひねりゼロの〝大福〟。
 もっちり&つやつやした大福みたいな肌、ふっくらとした頬、いつもにこやかな目元……だけど、実は目の奥は笑っていないという、坂の上の光竜寺の住職。
 衣心&リョーちゃんの父さんだ!
「お、おはようございます……ってか、家に来るとかすごい珍しい気がするんですけど、なんすか?」 
「うむ。ちょっと早急に確認したい用事があってね」
 大福が言う。その横で微笑むリョーちゃんが、いつにも増して不気味だ。
「わ、わかりました。父さん呼んできます」
 急いで玄関に入り、大声で父さんを呼ぶ。本堂から歩いて来た父さんに事情を説明すると、
「はて、用事?」
 首を傾げた。そんな父さんを連れて境内を歩き、村井親子の前に立つ。父さんが会釈した。
「村井さん、おはようございます。おお、良賀くん! これは久しぶりだ、立派になったねえ」
 リョーちゃんが頭を下げる。
「ご無沙汰しております、おじさん」
「いやあ、珍しいですなあ。それで、どうしました? 本日はどのようなご用件で?」
 とりあえず中へ、と父さんが招くと、いえいえここでと大福が微笑む。
「いえね」
 右手に数珠を持った大福は、ゆっくりと境内を見まわしてから、背後に立っているリョーちゃんを見た。
「家のこれが、なにやらお宅に興味深い存在がおると申すので」
 ――それか!!
「は?」 
 父さんがさらに首を傾げた。わたしは思いきりリョーちゃんをにらむ。すると、リョーちゃんはとぼけた顔で外人みたいに肩をすくめた。
「興味深い存在、とは?」
 父さんが首を傾げながら言った直後、あろうことか話題の人物が、帚を手にしてあらわれた。
「どうしたんですか」
 鷹水さんが外に立つやいなや、リョーちゃんが手でしめす。
「あれです」
「ほう?」
 大福が〝あれ〟に視線を向けた。
「ふうむ……普通じゃないか?」
 ふっくらとした顔をかすかにしかめ、小さくつぶやく。
「そう見えるだけです」
 立ちすくむ鷹水さんの眼差しは鋭くて険しいのに、不安げな気配をただよわせていた。そんな鷹水さんを見ていたら、なにひとつ思い出せない自分にイライラしてきた。さらにいまのこの状況がプラスされ、わけのわからない焦りが頂点に達してくる。悔しさで両手をぎゅうっと握りしめたときだ。
「どういうことですかな?」
 いつもどおりののんびりとした口調で、父さんが口火をきった。
 リョーちゃんが一歩前に出る。
「ご存知でしょうが家の宗派もそちらの宗派も、いわゆる霊的なことに関することはいっさい禁じています。それで儲けるだとか有名になるなどというのは、あってはならないことです。霊的な存在を否定しているわけではありませんが、この世に存在しないはずのものというのは静かに成仏していただくためのもの。ですが嘆かわしいことに、僕にはその禁じられている能力が生まれつきありまして。ようするに」
 眼鏡の奥の目を細め、リョーちゃんが鷹水さんを見すえた。
「人の姿をしたあれは、実際には人ではなく、この世にあってはならざる存在なんですよ、おじさん。信じられないでしょうが、間違いありません。僕と衣心にはわかるんです」
「……と、これがいうもので」
 大福が言葉を引き取る。
「どれどれ、ひとつ見てみようかということになりましてね。私が本日から出張しますので、時間がいましかなかった次第で、こんな早くにお邪魔してしまいました、お騒がせして申しわけないことです」
 父さんはにこやかな笑顔のまま、大福とリョーちゃんをまっすぐに見つめて微動だにしなかった。
「冗談だと思っているかもしれませんが、事実です」
 リョーちゃんが真剣な表情で訴えると、
「……なるほど」
 父さんの笑みに苦さが加わる。
「これは……まいった。そうですか」
 そう言うと、不甲斐ないといわんばかりにうつむく。
「たしかに、子どものころからきみには不思議な才能があったものねえ。ほかの人に見えないものを見る。そういう世界のことは、もちろん私も信じている。きみがこうまで真剣に訴えるということは、間違いなくそうなんでしょうな」
 いまやすっかり困惑顔となった父さんは、ぺろんと自分の頭を撫でながら顔を上げ、金持ち寺の二人を見すえた。
「それで、どうすればいいですかな?」
 なん……ですと!?
 まさか、リョーちゃんに鷹水さんを追い払ってもらうつもりとか? いやいやいやいや、それは許さん!
「ちょっ!」
 意義を訴えようとするわたしに、「静かに」とでも言うかのように、父さんが片手を上げて制してきた。口を出すなってことらしい。じゃあいいさ。どうなるか観察してみて納得がいかなかったら、大声で叫んで暴れてやるもんね!
 思いきりむっとした顔で父さんをにらんでいると、リョーちゃんが答えた。
「危険ではなさそうですが、寺に住めるというのがとにかく凄い。それになにより、あのように誰の目にも映るすっかり人の姿であらわれておりますから、かなり強い存在です。きちんとお祓いをして、本来あるべき場所に戻っていただいたほうがよいかと」
「ほう」
 父さんは感心したようにうなずく。そんな父さんに、リョーちゃんはたたみかけた。
「とはいっても、大々的に寺の名が絡むのはよろしくない。このような事象に精通している密教系の知人がおりますので、かき集めれば二週間ほどで準備がととのいます。そういうわけで、ついでと言ってはなんなのですが、ひとつ提案がありまして」
「提案とは?」 
 父さんの問いかけに、大福が返答した。
「ここからは私のアイデアなんですがね。宗派の垣根やさまざまなしがらみはとりあえず忘れまして。よろしければ、お互いにその……どうですかな? 少々遠まわりな方法になりますが、少しばかり町内に貢献してみるというのは?」
 はあ?
「ほう!」
 父よ、なぜ……嬉しそうに微笑む!?
「ご存知やもしれませんが、この便利な世の中ではネットのライブ中継なるものがあるんですよ、山内さん。お祓いの当日、私の知人に中継を頼みますので、当日の様子をネットで配信してはどうかと考えておる次第でしてね」
「……配信、ですか?」
 にんまりと笑った大福は、容赦なく続ける。
「こんな田舎で、いまさら檀家が増えるとも思えませんが、中継されたあかつきには一種の町おこしになると思っておるのですよ。ネットで話題になればテレビでも、という流れですな。うまくすれば観光スポットといったイメージが仕上がるやもしれませんし、そうなればそれなりにお金を落してくれる方もいらっしゃるでしょう」
「……ほう?」
「地元の商工会にもちかければ、檀家ではなくとも有力者の方々が、ひそかに寺ごとバックアップしてくれるに違いありません。このバックアップしていただくことが目的です。どうですかな? お互いに儲けはたいしてないとは思いますが、協力していただけるなら、長い目で見ればそれ以上に得られるものはあると確信しておりまして」
 ……金儲けに関してのアイディアがすごすぎる。
 どうりで何台も外車を乗り回してるわけだ……ってか、マジで引く。もうドン引きですよ!
 だってそれって、鷹水さんを見せ物にするってことじゃん。そんなの全力でお断りですから!!
「まあ、なんですか。そこに突っ立っておる人ではないなにかを、中継予定日までそちらが隔離しておいてくだされば、もしくはこちらに引き渡してくだされば、当日はお互いの寺の名は伏せまして、中継ポイントをどこかほかの場所に設定し、そこでおこなう方向で考えております」
 大福は嬉々として言葉を続ける。
「山内さん、これからは寺もただ経を唱えてる場合ではありませんぞ? 兼業の寺もあるほどの厳しい時代です。利用できるものは賢く利用する。それが――」
 大福が、ふくふくとした指で鷹水さんを指した。
「――アレであっても、ですぞ!」
 はっ、と鷹水さんは失笑した。あざけるような笑みを見せると、嫌気をさしたかのようにわたしを見、口だけを動かす。

 ――好きにしろ。

 背を向けた鷹水さんが、玄関の戸に手をかけた。そんな鷹水さんに聞かせるかのように、リョーちゃんが言う。
「なんらかの面白い映像が撮れると予想しています。CGもある昨今ですが、中継ののちにCGアーティストなどにその映像を見てもらい、検証していただくことも考えています」
 大福が父さんに近寄った。
「いかがですかな?」
 父さんは自分の頭をぺろんと撫で、ふふふと笑ってから告げた。
「――はい。お断りします」
 えっ。

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