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アーサー的観察日誌

​ 発信器は父にこそ必要だ、とおれは常に思っている。

 だから頼む、誰か、おれの父をなんとかしてくれ。

 もちろん、おれは父を尊敬している。二十四時間眠らずに動ける体力(と気力)は、人間離れしているとしか表現できない、かつ、正義感のかたまりのような威厳。素晴らしい人だ、ただし、身内でなければ。

 部屋の扉が開くなり、不穏な気配がしたのだ。いや、不穏な気配、というのは訂正しよう。

 ドアの前に立つリックの顔が、あきらかに蒼白しており、

「すまない、勘づかれた、らしい。気づいた時には遅かった」

 と告げる。

 ソファから身体を伸ばし、扉を見たおれの視界に、彼とワイズ博士の背後から、エレベーターが開くのが見えた。降りたのは案の定、というべきか、コートをひるがえしながら突進して来る、ミスター・フランクル、おれの父だった。

 ドアを開けたミスター・メセニが肩越しに振り返り、ギャングどもに視線を送る。ジョセフ・キンケイドとマノロ・ヴィンセントにくっついて来たギャング二名は、奥の寝室へ向かった。そしてジョセフとマノロはあろうことか、ニコルのいる寝室へと、入ってしまったのだ。同時に、キャサリンが浴室からあらわれる。寝室へ戻ろうとする彼女を止め、おれは静かに首を振った。行ってはいけない、という意味でだ。

 その間約数秒。そして父は、部屋へ入るなり、おれを見て叫んだ。おれはもちろん、そんな叫びは無視する。ただうなずいていれば、彼は満足してくれる。そんなことよりも問題なのは、タイミングに恵まれなかったジャズウィットだろう。

 ジャズウィットはずっと、寝室のドアの前に立って、ギャングどもを監視していた。だが、ギャング持参のピストル各種を手にしたでか女(ミス・ランカートンのことだ)に呼ばれ、なにやら説明を受ける、はめになっていた。おれはでか女に、空気を読めと伝えたかったが、やめてしまった。もちろん、後悔はない。その間に、リックとワイズ博士があらわれ、ギャングどもはそれぞれ散り、おれの父が登場してしまったのだ、誰も悪くはない。父の、あやしげな行動をあやしげと断定する、その才能がやっかいだっただけのことだ。

 父はなにやらしゃべり続け、動きまわる。頭のゆるそうな女に変身したヒステリー女(ミス・ジョーンズだ)が、ミスター・メセニに近づく。派手なモードチームは、父の登場にパニくり、さっさと荷物を整理すると、バスケ選手のような体格のど派手男が、オシャレバカ(心の中ではこう呼んでいる)にウインクを投げかけ、お仕事完了、行くわよ、あなたたち! と声をはり上げ、出て行った。

 キャサリンがワイズ博士と抱き合う。素晴らしい場面だ。しばしうっとりと眺めたのち、でか女のそばに立っているジャズウィットの視線が、寝室に向けられたままであることに気づく。父は人の視線をよく見ている。いま父は、リックとミスター・メセニを引き連れて、モードチームのいた場所へ立ち、なにやらしゃべりまくっていたので、おれはジャズウィットに近づいた。

「……きみが心配していることはわかるが、ニコルは隠れなくてもいいんだ。ギャングどもだけが隠れているはずだ」

 耳打ちする。おれとジャズウィットのこそこそ話に、オシャレバカもくわわった。

「ニコルがいるだろ、入るぞ」

 オシャレバカがオシャレバカらしい発想で、発言した。こいつの成績がなぜいいのか、おれにはまるで理解できない。なぜ、そうなる? おまえも空気を読むべきだ。父以上に。

「キャシディ。父はいまあそこにいるが」

 親指で奥をしめす。

「人の顔色をしつこくうかがっているんだ。しかも視力は両目で二・○。こうしているおれたちのことも、なにか隠していると疑って、いなくもない。誰かがあそこへ入れば、すぐさま突進して来るぞ。まあ、べつに、ギャングがここにいることがバレても、おれはかまわないが」

 おれもそうだとオシャレバカはのたまった。こいつはほんとうに、次期ダイヤグラム社のトップなのか? 未来の社員に同情をしめすしかない。

「悪いことを企んではいなくても、かなりマズい展開だと思っているのはおれだけか?」

「ぼくも思うよ」

 ジャズウィットはさすがだ。テーブルについた手が、握られてこぶしに変わる。

「ドアを吹っ飛ばしたり、電球を弾いたりしないでくれ、ジャズウィット。まあそれでも、いろいろなことが父に知られてもいいのなら、おれはべつにいいが?」

「わかってる」

 ジャズウィットが、よほどの我慢をしていることぐらい、すぐにわかる。

 口には出せないが間抜けなニコルのことだ、たぶん、隠れようとするギャングの行動につられて、ふらふらとジョセフか、またはあのくせ者マノロにくっついて、どこかに隠れているのは目に見えている。それにしてもなぜ、冷静なジャズウィットが、ニコルを好いているのか納得できない。もちろんオシャレバカも、だ。

 まあ、そのおかげというべきか。おれはいまや、学校で一番美しい女神、キャサリンと、素晴らしく前向きな関係を築けている。彼女とプロムへ行けるなら、ロルダー騎士だろうがどこかの国の王子さまだろうが、なってもいい。ただし、外へ出ても指をさされないていどに。

 ここまでの関係に発展したのは、もちろんおれ自身の手腕だが、邪魔くさかったオシャレバカが、ニコルに惚れたためのひとり勝ち、という部分も見逃せない理由だ。だからこそ、ニコルにお礼を告げたいほどだが、考えれば考えるほど、この二人の美意識がどういう働きをしているのか、誰かに細かく、説明してほしいと思うのはおれだけなのか?

 落ち着け、と二人にアドバイスしたい。落ち着け、と。

 オシャレバカは「友情」という新たな単語を持ち出して、自分の気持ちを散らそうとしている。そんなことはおれにはお見通しだ。あわよくば、というすき間を、逃げるウサギを追うタカのごとく、うかがっているのだ。オシャレバカのようなタイプは、なかなか誰にも本気にならない。その代わり、本気になったらしつこいのだ。本気になったことがないから、その気持ちを持て余してそうなる。まあ、オシャレバカにはいい薬だろう。せいぜい、大人になるがいい。

 対するジャズウィットは、もっとやっかいだと、おれはにらんでいる。両思いだが不器用すぎて、相手をどう扱っていいのか、いまいちわかっていないはずだ。スマートに振る舞おうとしているが、その実、ニコルに近づく異性は全員、彼にとっては敵、だ。そんなこと、とっくの昔から知っているぞ、なにしろおれは何度も、にらまれているからな。

 ……それにしても、なぜ? なぜ、ニコルなんだ?

 たしかに面白いぞ。それは間違いない。思考回路は突飛なほうへ向かうし、落ち着きはないし、そのままコメディアンになれる豊かな表情の持ち主だ。だが、付き合う、ということは、その顔とキスをするということなんだぞ? それ以上のことを……おれには無理だ、ありえない。まるきりロマンチックではないし、そんな場面になろうものなら、間違いなくおれは吹き出す。

 ふうん、なるほど。いまおれは、自分で興味深い予想をたてたようだ。ようするに、ここにいる二人は、ニコルと一緒にいて、笑いたいのだ。癒し、といってもいいだろう。それならば理解できなくもない。でもそうか? それだけの理由なのか? そうではないだろう。やはり謎だ。

 結果がでたぞ。人の美意識はそれぞれ、という結果がな。

 おっと、父が近づいて来た。おれたちに視線を向けると、ものすごい形相で寝室のドアノブに手を伸ばす。おれたちは父の後ろから寝室へ入る。やはりな、と苦笑したのはおれだけのようだ。オシャレバカとジャズウィットは、寝室を見まわして、固まっていた。ベッドの上にでも座っていればよかったものを、ニコルがいないのだ。なんという……間抜け。

「……なんだ、寝室かね。ライトが点きっぱなしだぞ、誰かいるのだな!」

 ベッドカバーをはがし、ベッドの下をしゃがんでのぞき、父が叫ぶ。それにしても父は、なにを、誰を、捜しているのだ? ギャングがいる、ということはさておいても、事情はミスター・メセニとリックから、訊いているはずだ。捜査が一種の、もはや癖になっていて、自分でも目的が、わからなくなっているのだろう。しかたがない、助け舟を出そう。

「さっきまでおれが寝ていたんですよ」

 さっさとここから連れ出そう。おれが思うに、ニコルはクローゼットの中だろう。ほんとうに、間抜けすぎる。ジャズウィットに同情するしかない。

 父がクローゼットの前で止った。意識をそらすために話しかけると、広すぎる部屋の捜査に飽きたのか、それとも納得したのか、またもやなにかを叫びながら、父がドアへ向かって歩く。ほっと胸を撫で下ろしながら、おれはオシャレバカの背中を押して、寝室のドアを閉める。あとはどうにでもしてくれ、ジャズウィット。

 父を見送っていると、オシャレバカがおれにいった。

「ニコルがいなかったぞ、フランクル」

「ああ」

 おれは眼鏡を指で押し上げる。

「心配するな。ジャズウィットが捜索中だ」

 オシャレバカが顔をしかめた。ほらな、友達なんていってるだけだ。やれやれだ、肩に手を置いてやろう。

「……なんだよ、その手は」

「落ち着け、という意味だ」

 手を離す。こいつが大人になるには、あと数世紀は必要だろうな。

 ジャズウィットはいいやつだ。いいやつだという自分のイメージにとらわれている。だが、実際にはいいやつなんかじゃないだろう。

 少しは自分をさらけ出したほうがいい。いまがそのチャンスだ。どのみち、うまく使えないだろうがな。

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