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PM10:48

 はっきりいって、超ストレスだ。

 だいたい、おれが知ってる女の子たちは、こっちが黙っていてもモーションかけてくるものなんだ。彼女たちはみんな美人だし、きれいだし、セクシーだし、デートしようと思えばいつでも可能。一度デートしたぐらいで、付き合ってくれなんていいだす、ジェニファー・パーキンズはおいておいても、そのほかの女の子たちは、まあ、そんなくだらないことをいったりしない。だからこっちも、いつでも気楽でいられたし、ストレスを感じずに済んできたわけだ。そのままお気楽にうまくやっていれば、こんなストレスを感じなくてもよかったってことは、自分でもわかってる。だけどそれじゃ気が済まなくなってしまったってことが、問題なんだ。

 ようするに、飽きたってことだ。

 最悪なことにいまのおれには、学校にいるほとんどの女の子が、全員SF小説に出てくるクローンに見える。似たような長さの髪型、似たような服装、似たような、どっかで見たような、どれもうんざりするほど横一列。たしかにみんな、顔をしかめるほどひどいわけじゃない。逆にとても魅力的だ。でもつまらない、まったく、全然、ひっかかってこない。とはいえ、ズバ抜けてきれいなキャサリン・ワイズは別だったけど。

 彼女はおれがデートに誘うたび、びびりまくって話しにならなかった。まあ、それもキュートな一面ではあったけど。ついでに、下世話なことをいってしまえば、一緒に寝たいタイプじゃない。なんというか、かなしいことに、そうなった場合、どういう感じなのか、予想がついてしまうんだ。実際はためしてみないと、わからないことが多いのが人生ってやつだけど、おれの予想はたいてい当たる。それで山ほど、残念な気分も味わってきたわけだけど。

 つまり、なにがいいたいのかっていうと。

 いまこのベッドルームのすみっこで、ブランケットにくるまって、ちんまり縮こまって眠ってる女の子に対して、最高にストレスを感じている、ということをいいたいわけだ。ちなみに、ブランケットをかけたのはおれだけど。

 ニコル・ジェローム。

 最初は透明人間さながら。まったくおれの視界に入ってこなかった。というよりもいたっけ? みたいな感じ。それがここのところ、どうだよ、自分の美意識が狂ったんじゃないかと疑うぐらい、ものすごく、なんというか、キュートに見えて仕方がない。

 ニコルは自分に自信がない。自分のことを、ほかの女の子と同じじゃないと思ってる。警官気取りにしょっちゅういじられてるのを知ってるけど、あいつの毒舌に怒りもしないで、納得してる始末だ。そんな女の子いるか? 普通は怒るんだ、自分のことをきれいだと思ってるから。だけどニコルは怒らない。ディズニーアニメのなにかのキャラクターみたいに、どんよりうなだれた顔になるだけ。で、そのとおり、とかいうんだ。

 動きは滑稽だし、落ち着きがないし、すぐにおろおろするし、まったく、全然、セクシーじゃないけど、いったん視界に入ったら、クローンじゃないってわかるんだ。完璧なオリジナル。友達思いで、一生懸命で、優しい女の子だってわかったら、かたときも離さないで、連れて歩きたくなるだろ?

 だから、おれとしては人生最大に口説いてるのに、ニコルの頭の中は「仲良しの男友達」でいっぱい。これでストレスを感じないやつなんて、いるわけないね。

 キャンプのつもりでいればいいとか、五歳児みたいなことをいうし、ほかの女の子が、おれと一緒のベッドルームにいるとしたら、はっきりいって、自分から服を脱ぐいきおいなんだよ。おれにとってはそれが常識だったのに、いまやおれを相手にキャンプごっこかよ。ものすごく笑える。顔はまったく笑えてないけどね。

 いま一番の問題は、ベッドに座ったまま、じいっとニコルを眺めてる自分の、この最高にイケてない状況のまま、朝を迎えるべきか否か、だ。もちろん、おれの答えはひとつしかない。というわけで立ち上がる。で、部屋のすみまで歩いて、まずはニコルを見下ろす。マッシュルームベースのボブヘアのてっぺんあたりが、くしゃっとなっていて、最高に……、柔らかそうだ。

 で、しゃがむ。しゃがんで、膝を折って、ブランケットに顔を埋めて、すうすうと眠ってるらしい寝息を確認して、ちょっとだけ抱きしめてみようかなと考える。

 おれは眠っている女の子に、最悪なことはしないというルールを、自分に課している。そんなのまったく楽しくも面白くもないし、なにしろクールじゃないからね。だけど、今夜ばかりはまずいかも。しゃがんで、じいっとニコルを眺めながら、おれのなにが気に入らないのかって、悶々とするはめになる。 

 WJよりも先に仲良くなってたら、よかったってことなのか? だけど仕方ないだろ、こんなにかわいいと思わなかったんだから。

 ニコルが、おれがしゃがんでるほうに、顔をずらした。ものすごくつねりたい、頬を。まつげは長いし、最高にキュートだ。ニコルが相手になると、おれはまったくイケてないやつに成り下がる。それもストレスのひとつだし、苛つく理由でもあるわけだけど、あきらめるしかない。この場合のあきらめるというのは、成り下がりついでにニコルを起こさず、できうる限りの接触をこころみる、ということなわけだけど。

 こういう場合、そうっとじゃなくて、もういっきに運んだほうがいいんだ。それで起きたらそれはその時だし、おれとしてはむしろ期待したい。というわけで、まあ、抱きかかえる。ブランケットが床に落ちたけど、気にしない。いわゆるお姫さまだっこ的な恰好で運ぶ。だけどニコルは起きないし、おれの胸あたりに額をくっつけて、寝ぼけてるのかもぞもぞと、額をこすりつけてくる。

 ああ、そうだよ、最悪だ。ものすごく……まずいことになってきた。まずいというのはつまり、絶対に避けたい行為におよびそうになっている、おれがまずい、ってことだ。

 さっさと寝かせるべきだ、いますぐに。だから、ベッドに寝かせて、いったん離れる。というかさ。

 おれ、なにしてるわけ? たったひとりの女の子に、おろおろしてる場合かよ。しかも相手は、ピエロの恰好してあらわれて、美人でもセクシーでもないくせに、かなしいことにものすごくキュートで、しかもさんざんおれをふりまくってる女の子なのに? しかも。

 おれをふるって、どういうことだ? その意味がわからない。

「……ムカつくね」

 ベッドに腰掛けて、横になる。ニコルは背中を向けている。小さくて細い背中のラインが、寝息をたてるたびに、かすかに上下する。そっとうなじに額を寄せれば、甘いクリームみたいなにおいがする。女の子のいいところは、すごくいい香りがするってところだ。

 ……なんだよ、絶対におれだけのものにしたいのにな。どうすればいいのかさっぱりわからない自分にも、ムカついてきた。

 そおっと、クッションと肩あたりにできているすき間に、右手を入れて、それから腕ごと伸ばして、ぐっと抱く。まずいことに代わりはないけど、だけどすごく安心してきて、ニコルの肩に唇を押し付ける。ニコルは痩せているほうだと思うけど、でも、抱きしめると柔らかい。まるでマシュマロみたいだ。口に放り込んで、のみこめたら、このストレスも消えるのか?

 まあ、消えないな。ニコルはマシュマロじゃなくて、人間だし。

 自分の思考回路がくだらなすぎて、ひとりで笑みを浮かべる。同時にまずい感じも落ち着いてくる。本音をいえば、超もみくちゃにしたいところだけど、それよりも今夜は、眠ってるニコルを抱きしめてるほうが、気持ちがよさそうだ。

 ニコルはちっとも起きないから、おれはそのまま抱きしめた恰好で、ものすごく久しぶりに、ぐっすり眠るはめになった。

 ……まあ、起きたら枕を抱きしめてたけど。

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